アキラ君の人間観察記-5-

黄金色の草が風に揺れる、黄金丘。
チャパの村からも離れた位置にあるこの近辺は、オフ会参加者の姿もまばらだった。
アキラは、黄金色の草地からは少し外れた、手入れされた道に近い平地に屋台を落ち着けている。
リロイとオルステッドの小競り合いからともに逃れてきたブリズは、元々この黄金丘に腰を落ち着けていたらしい。たい焼きと酒肴を手に、待たせていた数人の男たちの輪の中へと戻っていった。
金色の草原の中にあっていっそう目立つ赤いマントの男、ヴィンセント。同じく、赤い着物の男、アーロン。彼らと微妙な距離をとって座りこんでいる伊達メガネの男、ジェイス――。
ブリズを囲む男たちをぼんやりと眺めながら、アキラは不意に自分の腹に手をやった。
オフ会開始から今まで、休憩は何度かとっていたものの、昼食そのものはまともにとっていなかったことを思い出したようだ。お好み焼きでも作ろうかと、残り少なくなってきた材料を漁る。
調理を始めたころに、ヴェントが屋台の前にやってきた。
普段から接点があるわけでもなく、また同年代の相手も含まれていないためか、ブリズの周囲のグループへ割りこむ気はないらしい。暇つぶしに黄金丘の周りを歩き回って薬草をつんできたのだ。
「見ろよ、青い薬草がこんなに!」
つんできた薬草を胸先にかかげ、ヴェントは得意そうな顔をしている。
緑の葉にまじったつややかな青い薬草を一瞥してから生返事をし、アキラはお好み焼きをコテでひっくり返した。
チャパの薬草の丘に生える薬草は、その質の良さで有名だ。
葉の色によって使用時の効果の度合いに大きな差があるものの、薬草そのものはタダ同然の価格で流通している。色の違いによる価格の差が売買時に出ることはほとんどなく、差が生まれるのは薬として調合された後のようだ。
「これ、全部トゥースに調合させるんだ。あいつ、アンデッドのくせに回復薬作るの得意だからな」
薬草の束を大事そうにカバンに詰めこむと、ヴェントは急に真顔になった。兄を含む一団をちらりと見やり、再びアキラのほうに向き直る。
「ジェイス、ここにいたんだなあ。すんげェ意外だわ」
アキラは賛同するようにうなずいて見せた。
「全員、ほとんど接点ねーもんな。あえて言うなら『ほとんど死んでる』ってことぐらいじゃねーか、共通点は」
焼き上げたお好み焼きを皿に乗せ、続ける。
「っていうか、ジェイス、ブリズさんのこと嫌いって公言してたのに。なんでいっしょにいるんだかな」
「それ、俺も言われたよ。ノリが合わないとかなんとかって。ンなこと、俺に言われても返事に困るだけだっての」
最後のほうは口の中でつぶやくように言って、ヴェントはため息をついた。
ブリズが持ってきたたい焼きは受けとらず、ただぼんやりと傍らの男たちの話に耳を傾けながら、ときおりひとりでくつくつと笑いを漏らしているジェイスを視界の端に入れつつ、ヴェントはぶっきらぼうにつけ加えた。
「ノリとか関係なくあの人が安心して絡めるのって、やっぱり、悪役同盟の連中ぐらいだよな。ほら、セフィロスさんとか、ああいう鬱っぽいやつにちょっかい出すの大好きみたいだし」
「確かに」
お好み焼きを頬張りながらうなずきかけるも、アキラはすぐに首を振った。
「……ただし、オルステッドだけは別だな。トラウマ思い起こすからベトレイヤー苦手だって言ってたし」
「あー。昔、友達にこっぴどく裏切られたんだっけ。ちらっとだけ聞いたことがあるよ。あの人も、なんであんな風になったんだかなー」
ヴェントはオルステッドの過去のことを、どの程度まで聞き知っているのだろうか?
そう思いながら曖昧な反応を浮かべ、アキラは草の丘の向こうへと目を向けた。同じ方向に目を向け、ヴェントがぽつりと言う。
「リロイとオルステッドの喧嘩、どうなったかな。そろそろ落ち着いた頃じゃないか?」
「いやあ……まだだろ」
彼らがいるであろう場所へ意識を向けようとすると、「危機回避本能」が痛いほどに刺激される。首筋の辺りにちくちくした痛みを感じながら、アキラは首を振った。しょうがないやつらだ、などとぼやくヴェントを横目にしつつ、不意に口元をゆるめる。それを見たヴェントは、怪訝そうな顔をした。
「なんだよー?」
「うん。あのバカ、リロイのやつさァ――わざとオルステッドを挑発して剣を抜かせたんだよな……って思ったら、なんかおかしくてさ」
「はァあ? なんだよ、それ。さすが、黒いテロリズムは好戦的だな」
呆れるヴェントに苦笑を返し、アキラは続けた。
「まあ、どこまで計算してやってんだか知らねーけど? 今のオルステッドにゃ、リロイみたいなタイプのほうが合ってるんだろうな。俺じゃあ、どうしても対応が甘くなっちまうからダメなんだ。色々と、わかりすぎるのも不便なもんだぜ」
それ以上は何も言わず、黙々とお好み焼きを食べる。
その様を眺めていたヴェントは、わずかに表情をくもらせた。人の心を読む力をアキラが持っていることを改めて思い出し、複雑な思いに駆られたようだ。
ヴェント自身はリロイの過去もオルステッドの過去も詳しく知っているわけではなかったが、アキラはその能力ゆえに彼ら自身が語った以上のことを知る機会はいくらでもあったのだろう。実際に、彼らの過去については他のどんな詮索好きな人間よりも多くのことを知っていた。ただし、力によって知り得たそれらの内容を、アキラが他の者に漏らすことは決してなかった。
おそらく、リロイやオルステッドに限らず、アキラは自身に関わった多くの者たちの話しがたい過去や「声」を知っているのだろう。どのような経緯で知ったにせよ、それらの多くはアキラ自身にとっても知りたくないものばかりだったに違いない。
自身より二、三は年の若いこの少年は、そういった人の心の明暗をどのような思いで聞き続けてきたのだろうか?
そう考えたとき、誰が相手であろうとほとんど態度を変えることのないアキラに対して、ヴェントは頭が上がらない思いでいっぱいになるのだった。
「……?」
仏頂面ともとれるような顔をして見つめてくるヴェントに気づき、アキラは彼を見返した。目があった瞬間、ヴェントは思わずといった様子で叫んだ。
「――読むなよ!」
一瞬、キョトンとした顔をしてから、アキラはおかしそうに笑いながら返す。
「読んでねーよ、バーカ」
その声音からは「読んだ」のかどうか判断できず、ヴェントは本当に仏頂面になってそっぽを向いた。
しばらく無言のまま時間が過ぎる。
ヴェントは特にすることもないので、屋台に寄りかかりながらぼんやりとブリズらのほうを眺めている。お好み焼きの最後のひと切れを飲みこみ、茶をすすりながらアキラが言った。
「向こう、ひと段落ついたみてーだな」
「ンぁ?」
「オルステッドとリロイ」
「お、マジで?」
アキラがうなずいたので、ヴェントは問題のふたりがいる方角に目を向けた。
「んじゃあ、そろそろ向こうに戻っても大丈夫かな」
「うーん、どうだかなあ。決着そのものはまだついてねーみてェだし」
「げ……まだやってんの? 粘るねぇ」
呆れた声を漏らし、ヴェントは草の丘から目をそらした。
「さっきからジェイスがこっちガン見してて、正直、居心地悪いんだよな……」
ヴェントがぶつぶつ言っていると、黄金丘にいる男たちからざわめき声が上がった。見てみれば、いつやって来たのか、彼らのそばに青い甲冑に身を包んだ銀髪の美女が佇んでいるのが見えた。
「あれ、女神様じゃん」
ヴェントが惚けたような声を漏らす。
美女の名は、レナス・ヴァルキュリア。異界の神オーディンに仕える女神のひとりだったが、オーディンが死した現在はかの世界の頂点に立つ神となっている。
無駄のない動きでブリズの前に立ち、やや強張った顔で見上げてくる彼に微笑みかけるとヴァルキリーは口を開いた。
「――彼女、なんだって?」
黄金丘で交わされる言葉がよく聞きとれないため、ヴェントは小声でアキラに問いかけた。
アキラは目を細め、ヴァルキリーの背中を睨みつけるようにしながら答える。
「いっしょにヴァルハラへ行こう、迎えに来た――だとさ」
「おいおい」
思わず身を乗り出したヴェントは、ブリズが珍しく助けを求めるような目でこちらを見ていることに気づいて慌てて駆け出した。
「ヴァルハラ。戦死者の館、か」
ヴェントの後は追わず、アキラはぽつりとつぶやいた。苦い顔でヴァルキリーを睨んでいるジェイスをちらりと見てから、彼らの「声」に耳を傾ける。