「よう。やーっと戻って来たな」
「な、なんだよ、リロイかよ。またロイかと思ってビビったじゃねーか!」
「酒でもないかと思って来てみたんだが……なかなか戻ってこないから勝手にやってるぞ」
言いながら、リロイは手にしていたビンをかかげて見せた。調味料の類を置いている屋台下部の引き戸が開きっぱなしになっている。
「あ?……あーっ! そりゃ、みりんじゃねーかっ!」
リロイの手から慌ててビンを奪いとり、中身がほとんど空になっていることを確認してからアキラはリロイに向き直った。
「こいつは料理専用! 飲むためのもんじゃねーんだよ! あーあ、全部飲みやがって……けっこう高いんだぞ、これ……」
平然とした顔で「ちょっと甘すぎる」などと感想を言ってくるリロイをなんともいえない顔で見上げ、アキラは首を振った。
「はぁああ、もう。とりあえず、たい焼きよっつ! マッハで作るから! ブリズさん、ちょこーっと待っててくれよ」
ヤケクソ気味に言って、アキラは作業にとりかかった。
「俺にも何か作れよ、たい焼き屋」
「へーへー、後でな……ん? 豚玉用の肉がやたら減ってるような……」
「小腹が空いたからそこで焼いて食った。うまかったよ」
「てめェは……! リのつくロイは勝手に食い散らかすぶん、フツーのロイより性質悪ィな、オイ!」
「何か言ったか?」
「っるせー」
言い合いながらもアキラは手際良く注文の品を作り上げていく。その手元を感心した様子で眺めていたブリズは、先ほどの車座の面々がひと際大きな歓声を上げたので、そちらに目を向けた。
「盛り上がってるなあ」
「どこで何やるかが決まる最終局面だかんな。そりゃあ盛り上がるだろうよ」
焼き上げたたい焼きを紙袋に詰めこみ、もうひとつの注文の品、酒肴を作るべくアキラは材料を物色し始める。
「なんだ、『魔王様』もいるのか」
気のない様子でブリズと同じ方向に目を向けたリロイは、オルステッドの姿を見つけてつぶやいた。「魔王」という単語に、何やら皮肉めいた響きを含ませている。
適当な材料を選び出し、調味料をとり出そうとしていたアキラは、ちらりと車座のほうに目をやる。
「あちゃー。またオルステッドがヤバイ顔になってるぞ……」
「そういえば、リロイさん?」
手を貸すべきかどうか思案していたアキラは、ブリズの出し抜けの呼びかけに反応が少し遅れた。リロイの返事の声を聞いてから、ブリズに視線を向ける。
「この間、俺と同じ日にリロイさんも魔王山に来てましたよね」
「ああ。アキラに頼まれてな。魔物退治だ」
作り置きの焼きそばに手を伸ばすも、アキラに熱いコテで阻まれリロイは舌打ちしながら手を引っこめた。
「具体的に、どんな魔物を仕留めたか、覚えてませんか?」
「あ?」
どうしてわざわざそんなことを聞くのか、と眉根を寄せるリロイの手前で、アキラはハッとした様子で息を飲んだ。酒肴を作る手は休めないものの、視線はやや鉄板上から外れている。
「そうだな……やたら硬い殻の虫がほとんどだったんだが、たまにロボットっていうのか? 機械仕掛けの人形も出てきたな。まあ、あいつは背後をとれば勝手に自爆するから楽なもんだが」
「気化爆発を誘ってよけて倒すとか、そんな芸当の出来るやつ、そうそういねーよ。たいてい、巻きこまれて終了だぜ」
呆れたような顔で口を挟むアキラに不敵な笑みを返し、リロイは再び焼きそばに手を伸ばした。今度はその動きを阻止できず、アキラは舌打ちをする。
「虫といっても、いろいろいますよね。どんな虫だったんですか?」
「どんなって?」
夢中で焼きそばを食べるリロイの返答は、どこか上の空だ。
ブリズの言いたいことがなんとなくわかってきたアキラは、自分の予感が外れていることを祈るような顔つきで質問を重ねた。
「白くて、こう、ころっころした虫なんかも倒したんじゃねーか?」
「ふろふひ?」
焼きそばを口いっぱいに頬張っているため、生返事すら不明瞭なものになっている。
口の中のものを飲み下し、ひと息ついたところでリロイは答えた。
「白い虫って、あれだろ、集団で出てきて火を噴いたりぐるぐる回ったり。とにかく、うっとうしいやつらだ」
「それだよ、それ!」
「弱いくせにしつこく出てくるから、途中で面倒になって相手にしてなかったんだが、なんだ、あいつら全滅させといたほうが良かったのか?」
言われれば今すぐにでも虫駆除に出かけていきそうな顔で言うリロイに、アキラは慌てて首を振る。
「いや、シカトしといて良かったんだよ。それよりさ、魔王山のすぐ近くにそいつらの色違い、いただろ」
「色違い?」
「そう。ピンクと紫と、黒と……後、何色だっけ? とにかく、そういうやつら」
薄い記憶の中からなんとか目的のものをたぐり寄せ、リロイはうなずきながら返した。
「そういえばいたな。何匹か、黄色いリボンをつけたやつらが」
「それ、俺が目印をつけた個体だ」
ブリズの顔が、少し明るくなる。ころころムシ消失の一件で弟のヴェントともどもオルステッドからあらぬ嫌疑をかけられたため、さすがにすっきりしない気分だったのだろう。その謎を解く鍵の発見に、純粋に喜んでいるようだ。
対照的に、アキラはさも嫌な予感がするとばかりに不安そうな顔をしている。おそるおそるといった風に切り出す声も、とてつもなく沈んだトーンだ。
「もしかしてさあ、そいつら、倒した?」
「いいや。倒してはいない。ただし……」
にやりと笑って、リロイは続ける。
「動いたら腹が減ってどうにもならなくなったから、何匹か喰ってやった」
「……は、い?」
我が耳を疑うように、アキラはリロイの顔をまじまじと見つめた。
「喰ったって……ホントに、喰っちまったのか?」
「ああ」
心を読むことのできるアキラなら、その言葉の真偽を見極めるのは容易い。たちまち嫌悪感も露わに叫ぶように言った。
「相手は魔物だぜ? それも虫なんだぜ?! 蜂の子やイナゴじゃあるまいし……あんなモン喰うなんて、信じらんねー! あんた、いったい今までどんな僻地で生活してきたんだ?」
「あのな、虫を喰ったぐらいでそんなに騒ぐなよ。だいたい、動くものが機械と虫ぐらいしかいないあの山がへんてこなんだよ。たまに女のダークワンが出てくるけど、あれこそ喰えねーだろ、色んな意味で」
「そりゃあ、そうだろうけどよ」
となりにいるブリズからも責めるような視線を投げかけられ、肩身が狭いというよりは納得がいかないといった様子でしかめっ面をしながら、リロイは短く息をついた。
「――で、あの虫がどうしたっていうんだよ。あいつらが消えたら、何かお前が困るのか?」
たった今、既に困っているといった顔つきでアキラはブリズのほうを見た。その視線を受けたブリズは、お手上げだと口にする代わりに肩をすくめて見せた。
「……別に、俺は困らねーんだけどよ。ただ、オルステッドがなあ」
「ああ? オルステッドがなんだって?」
リロイの話に気をとられている間に、鉄板上の食材が焦げそうになっていたので、アキラは慌てて意識を鉄板に戻した。代わりに、ブリズが答える。
「あの虫、オルステッドさんが大事にしていたらしいんです。それはもう、彼らがいなくなったってだけで剣を振り回して大騒ぎするぐらいに」
「ほとんどペット扱いだったからなあ……しょうがねーや」
何とか食材を焦がさずに済んだアキラが、相づちを打ちながら口を挟んだ。ふたりの言葉を聞いて、リロイもさすがに言葉を詰まらせ、神妙な面持ちで鉄板上に視線を落とした。しかし、漏らす声にはどこかからかっているような響きがある。
「それはそれは。とても悪いことをしでかしてしまいました」
調理し終えた酒肴を皿に乗せ、たい焼き入りの紙袋とともにブリズに手渡しながらアキラは言った。
「ホント、やってくれたぜ。こんなこと、オルステッドが知ったらどうなることか」
「あ……」
注文の品を受けとったブリズが、アキラの背後に目をやりながらうめく。
「もう、絶対ェ、剣を振り回すぐらいじゃ済まねーな。ピュアオディオ様降臨しちまうかも」
「あ、あの、アキラさん――」
「しっかし、まさかころころムシを喰っちまうとはなあ……」
笑っているのか、顔をうつむかせたリロイが肩を震わせ、ブリズがそわそわした様子で一点を指差しているのに気づき、アキラはようやく口をつぐんだ。悪い予感に、引きつった笑みを浮かべながらゆっくりと振り返ると、すぐ後ろにオルステッドが立っていた。悲しみと怒り、驚愕がないまぜになったような、奇妙な顔つきだ。そのわりには、それらの感情が放つであろう強烈な気配を全く感じさせていない。
「オ、オルステッド……」
引きとめようと伸ばしたアキラの手を払いのけ、オルステッドは屋台越しにリロイと向き合った。
「よう、オルステッド。久しぶりじゃないか」
穏やかな笑みとともに呼びかけるも、当のオルステッドは無反応のまま何やらぶつぶつとつぶやき続けている。リロイは笑みを引っこめ、ぼりぼりと頭をかきながら言った。
「お前が大事にしてたっていう虫なんだけどな……」
「みんな、本当に可愛いやつらだったんだ」
さえぎるオルステッドの声は、とてつもなく暗い。リロイは口にしかけた言葉を思わず飲みこみ、低くうなった。飲みこんだ言葉をどう続けるべきか思案しつつアキラとブリズのほうを見るも、ふたりが鉄板の上に視線を落としたまま目を合わせようともしないので、憮然とした表情で乱暴に頭をかきむしる。
「あのなあ、オルステッド。お前の虫――」
「餌の時間になればちゃんと集まってきたし、頭を撫でてやれば嬉しそうにくるくる回って――他の魔物や、迷いこんだ旅人にやられたのならともかく、人間に、捕食されるなんて……そんな馬鹿げた話……ううっ」
後半は涙声になっているオルステッドの沈んだ顔を見下ろしながら、リロイはため息まじりに言った。
「……ピンクのヤツが一番うまかったよ。紫はいまいちだったな」
「!!」
愕然とした様子でリロイを見つめるオルステッドの顔が、不意に泣き顔に変わる。
「ア……、アリシア――! ストレイボウ――! うわあああああ!」
「わっ、ちょっ! 鉄板の上に泣き崩れるな! 顔が焼けちまう!」
ついさっきまで火を使っていた鉄板の上に突っ伏そうとするオルステッドを慌てて抱き起し、アキラは彼を屋台から引きずるようにして離れさせた。草の上に仰向けに倒れこむオルステッドを支えきれず、尻餅をつきながら短い悲鳴を上げる。
「うっ、ううっ……ウラヌス……」
力無いオルステッドのつぶやきを間近に聞きながら、アキラは唖然としているリロイを見上げる。
「リロイ。オルステッドに謝れよ。こいつ、名前をつけるぐらいころころムシを可愛がってたんだからな」
「たかが虫にそこまでやるかよ。これがかつては勇者と呼ばれた男の末路とは、まったく、泣けてくるな。ははは」
「リロイ!」
呆れ顔で皮肉たっぷりに言うリロイに、アキラの鋭い怒声が飛ぶ。リロイは観念したように謝罪の言葉を口にした。
「……俺が悪かったよ、オルステッド」
が、オルステッドはなんの反応も返さずに嗚咽を漏らしている。
「俺の非は詫びる。だけどな、オルステッド。いくら泣いたってあいつらは戻ってきやしないんだ。もう泣くなよ」
根気よく言葉を投げかけるも、オルステッドは泣き止むどころかさらに激しく泣き始めてしまう。耳を澄ましてみれば、泣き声にまじってリロイに食べられてしまったころころムシの名を延々と繰り返しているのが聞こえてくる。
荒々しく舌打ちをして、リロイは頭をかきむしった。
オルステッドを抱きかかえたまま、アキラは途方に暮れた様子でブリズを見やる。が、助けを求められたブリズも「どうしようもない」と首を振るばかりだったので、空を仰いで「どうすんだよ、この状況」とぼやくしかなかった。
「せめて、何か埋め合わせでもできたらいいんですけどね」
「埋め合わせ、ねえ……」
ブリズの言葉にヤル気の無さそうな顔で言いながらも、自身に非があることは素直に認めているらしく、リロイはなんとか知恵を絞りだそうと考えを巡らせる。
「まさか、今更になって吐いて戻すってわけにもいかないしな……。ん。そういえば、アリシアって確か、あいつの昔の――」
そこまでつぶやいてから、リロイはパッと顔を輝かせた。
「そうだ、オルステッド。いっしょに娼館に行こう!」
唐突な提案に、アキラもブリズも呆気にとられた顔つきでリロイを見る。
「お前な、あれだぞ。フラれた女の名前を虫につけて後生大事にするなんて根暗なことだから、いつまで経っても立ち直れないんだ。知ってるか? 女ってのは星の数ほどいるんだぞ。ひと晩パァーッと騒いで暴れれば、女のひとりやふたり、すぐ忘れられるだろ。うん。だから娼館に行こう」
とうとうと語るリロイは、それが最善の策だと本気で思っているらしく、ひとり納得顔でうなずいている。アキラとブリズは深々とため息をつき、ほとんど同時につぶやいた。
「駄目だ……馬鹿に任せといたら余計に話がこじれちまう」
「真面目に考える気は、さらさらないんだな……」
当然、リロイの愚にもつかない提案にオルステッドが賛同するわけもなかったが、どうにか泣きの発作は治まったらしい。よろよろと起き上がり、涙の乾ききらない瞳でリロイを睨みつける。
「俺は今からでも構わないが、どうするよ、オルステッド?」
あきらかに拒否されている空気に気づいていないのか、最初から無視を決めこんでいるのか、にやにやしながら言うリロイにアキラとブリズは再びため息を漏らし、また同時につぶやいた。
「この馬鹿の口を封じるには、どうすりゃいいかな……」
「結局のところ、自分が楽しみたいだけなんじゃないのか?」
突然、オルステッドが立ち上がったので、ふたりは驚いて彼に目を向けた。
「……貴様に、何がわかる」
ふらふらとリロイのほうへ歩みながら、オルステッドは剣を抜いた。
「貴様のような男に、俺と彼女の何がわかるというんだ……!」
「……泣き言を繰り返すしか能のない弱虫のことなんか、わかりやしないし知りたくもないな」
にやけ面を崩さないまま、心底興味がなさそうに吐き捨てるリロイをなおも睨みつけ、オルステッドは軋むような声で言う。
「彼女は……アリシアは、美しく清らかで、優しい心の女性だった……。娼館などという汚らわしい場所で生きる女など、比べるまでもなく、本当に、最高の女性だったんだ……!」
「あ。お前、それは差別というものだぞ。汚らわしいなんて言うけどな、娼婦にだって純で優しい美人は沢山いるし、娼婦じゃなくて性格の悪い嫌な女は腐るほどいるんだからな」
さとすような口調で言って、リロイはブリズのほうを振り返った。
不穏な雰囲気を醸し出すふたりの男の横で、その場を離れるに離れられなくなっていたブリズは、身じろぎしながらリロイを見つめ返す。
「ほら、お前、知ってるだろ。ロングシャンクの店にこんな感じの女がいるの」
「……はあ?」
ろくに特徴も教えず手振りで女の身体を示して見せるリロイに、ブリズは間の抜けた声を漏らした。一瞬遅れてリロイの言葉の意味を理解し、頬を赤らめながら狼狽した様子で返す。
「し、知りませんよ! 俺はそんな店、出入りしませんから」
「へええ? まあ、いいや。とにかく、余計な詮索はしてこないし、いい娘なんだよ」
あんまり美人じゃないのが玉にきずだけどな、とつけ足し、リロイはオルステッドに視線を戻した。いつ斬りかかろうかと様子をうかがっていたオルステッドは、ぴくりと身を震わせ、剣の柄を握る手に力をこめた。
「なあ、オルステッド。今のお前に必要なのは、忘れることだと思うんだ。うん。騙されたと思ってついてこいよ。いい店、紹介してやるから」
妙に楽しそうに言ってくるリロイに、オルステッドは彼の真意を推しはかるように眉根を寄せている。が――
「触れもしない思い出の中の女より、生身のイイ女。だろ? お前も、こういう女にひと晩慰めてもらえば昔の女なんか一発で――」
「黙れ!」
鋭く言い放ち、先ほどと同じように身振り手振りで女体を表現し始めるリロイの喉元へと剣を突きつけた。彼らのすぐそばにいたブリズは、一触即発の空気に気圧されたようによろめきながら後退する。
「……剣を抜け、リロイ・シュヴァルツァー。アリシアを愚弄するヤツは、俺が許さない」
問答無用で斬りかからなかったのは、怒りがあまりに激しすぎたためだろうか。凄まじい怒気を放つオルステッドの瞳は、意外なまでに冷静だった。
突きつけられた刃を無言で見下ろしていたリロイは、それまでのだらしないにやけ面を一変させ、不敵な笑みを浮かべる。
「どうやら、女よりも男と剣をまじえるほうが性に合ってるらしいな。おもしろい」
言い終わるよりも早く、リロイは後方へ大きく跳んだ。次の言葉を口にするときには、銀色の剣――ラグナロクを構えている。
「来いよ、オルステッド。大事なペットを喰い尽くしたせめてもの罪滅ぼしだ。俺が何もかも忘れさせてやる」
言われるまでもなく、オルステッドは駆け出した。素早くアキラの屋台を回りこみ、一直線に向かう先は、悠然と剣を構えるリロイだ。
ふたりの距離は瞬く間に縮む。
剣と剣がぶつかり合い、甲高い音をたてた。
「今すぐにアリシアに謝罪しろ。そうすれば命までは奪わずにおいてやる」
「そういう台詞は、一度でも俺を地面に這いつくばらせてから言えよ」
剣ごと相手の身体を押し返し、リロイは間髪入れずに横薙ぎの一閃を放った。それを剣の腹で受け流したオルステッドは、斬撃の重さに苦鳴を漏らしながらも剣の切っ先を繰り出す。
「――ったく、あのゴリラ悪魔! 結局は力で解決する気かよ!」
リロイとオルステッドの攻防を呆然と眺めるブリズの横から、アキラがひょっこり顔を出した。愚痴めいた声音でぶつぶつ言いながら手早く屋台を片づけ、木製の札にペンを走らせる。
「緊急事態発生のため、移動します――っと。あー、クソ。どこに避難するかな。どっか安全な場所は――」
「黄金丘なら人も少ないし、安全だと思いますよ」
意外に達筆な文字を覗きこみながらブリズが言ってきたので、アキラは大きくうなずきながら木札に書き足した。
「御用の方は、黄金丘まで。たい焼き屋・まつ――これでよしっと。おーっし、退避、退避~!」
木札を地面に突き立てると、アキラは屋台を引いて一目散に駆け出した。
一進一退の攻防を続けるリロイとオルステッドを、一度だけ振り返ってから、ブリズもそれにならって走り出した。
「お。アキラ! 次のオフ会さあ……」
ガラガラと騒々しい音を立てて屋台を引いてくるアキラに、ヴェントがのん気に声をかけてきた。オフ会の予定を決めるゲームそのものは終わったのか、今は草の上に広げた大きな白い紙にセフィロスが文字を書きこむのを他の者が見守っているだけだった。
「おいおい。お前ら、のん気にオフ会のスケジュール立ててる場合じゃねーぞ!」
「……どうしたんだよ?」
アキラのただならぬ様子に、ヴェントはいぶかしげに眉根を寄せている。一瞬、ブリズのほうへ目をやりかけるも、アキラが彼らのやって来た方向を指差したので、そちらに目を向けた。凄まじい勢いで繰り出されるオルステッドの剣を、リロイが巧みにさばいているところだった。
「――げっ! え、何? なんだよ、なんでああなったんだ?!」
「説明してる暇は無ェ! 巻きこまれたくなかったらお前も早く避難しろよ!」
早口に言って、アキラはまた屋台を引いて走り出した。が、セフィロスがオルステッドらのほうを見やりながら「魔王対大敵(アークエネミー)か。面白い余興だな」と漏らしたので、足を止めて振り返った。彼に続こうとしたブリズと、腰を浮かしかけたヴェントも動きを止める。
「私、一度でいいからピュアオディオを生で見てみたかったんだ」
「運が良ければロキも見られるかもしれんな」
仲良く並んで正座での見物を決めこむクライドとトゥース。その横にあぐらをかき、セフィロスは「リロイが本気を出していない。そこまではいかないだろう」などと口を挟んでいる。
げんなりした様子でアキラはつぶやいた。
「逃げる気ゼロかよ……ったく、これだから悪役同盟の連中は……」
落ち着いて周りを見てみると、「オフ会ゲーム」をしていた面々の中にケフカの姿は見当たらなかった。この周辺のエリアで談笑していた他のオフ会参加者らは、リロイとオルステッドの戦いを遠巻きに眺めながら不安そうにしていた。
「本気出してなくてアレなら、出したらどうなるっての。オルステッド、分が悪いんじゃないか?」
戦々恐々としているヴェントの視線の先で、リロイの一撃をまともに受けたオルステッドがもんどりうって倒れこんだ。その上に馬乗りになり、リロイは懐から引き抜いた銃をオルステッドの眉間の辺りに突きつけた。
続いて、なんの迷いもなく引き金が引かれる。
「あ――!」
銃声は、ない。
日ごろからのクセで超能力を使いながら彼らの様子をうかがっていたアキラの耳には、かすかにこんな「声」が聞こえていた。
(弾を補充するだけの金があったら、わざわざ飯のためだけに出かけてくる必要は無かったんだよな)
(き、貴様……!)
どうやら、リロイの銃には弾丸はこめられていなかったらしい。
喉元めがけて突き出されるオルステッドの剣先を難なくかわし、リロイは声に出して笑った。
「……ええい! とにかく、俺は行くぞ、もう行くぞ!」
ぶんぶんと首を振り、アキラは歩みを再開した。
「誰がどうなろうと、この屋台だけは絶対ェ、死守するんだ……! オディオも大敵(まおう)もクソっ喰らえだぜ! へっ!」
置いてきぼりを喰うまいと、慌てて立ち上がったヴェントは、走りながらトゥースに声をかけた。
「トゥース! 見物もほどほどにしとけよ、お前、弱いんだからな!」
「危なくなったらクライドと混沌を呼びこむから問題ない」
「っは! 勝手にしろよ! 尻拭いなんかしてやらねーからな!」
リロイとオルステッドの対決を見守る男たちを残し、アキラ、ヴェント、ブリズの三人は足早にその場を立ち去っていった。