アキラ君の人間観察記-11-

「はぐーっ!」
軽く腕を広げて待つスコールに身体ごと飛びつき、リノアはうわ言のように「はぐっはぐっ」と繰り返していた。
「うーっ! こわかったよ」
「……自業自得だ、ばか」
言葉とは裏腹に、リノアの髪を撫でるスコールの顔つきは穏やかで優しい。
草の上に這いつくばったままこれを眺めていたリュックは、信じられないといった表情で叫んだ。
「あの程度の謝り方でいーの? なんか納得いかないよお……!」
「要は、素直に詫びを入れる心意気があるかどうかってことだ」
リュックの手が届かない位置に屈みこみ、テトラフォース片手にゴージュは続けた。
「お前にその心意気はあるのか?」
「うううーっ」
両拳を握りしめ、額を草の上に押しつけ、それでもリュックの口から謝罪の言葉は出てこない。いまや彼女の頭上にのみ降り注ぐ雷に耐えるように、くぐもったうめき声を漏らすばかりだ。
「……ったく。素直じゃねーな、この女」
リュックが謝るまで粘るつもりだろうか。呆れ顔でつぶやいて立ち上がり、ゴージュは腕組みをした。
もはや言うことはない、といった面持ちでユウナが声をかける。
「リュック」
さとすような声音だ。
次いでティーダが、スコールが、最後にリノアが順繰りに彼女の名を呼ぶ。
しばらく手足をばたつかせていたリュックだったが、やがて観念したように仰向けになり、叫んだ。
「ごめんなさい!」
両手を胸の上に置き、祈るような格好で続ける。
「ほんとーに、本ッ当に、ごめんなさい! あたし、すーっごく、おなか空いてたんだ。あんなに怒るなんて思ってなかったんだよ。だから許して、お願い、リノア~!」
謝罪の念はほとんどこもっていない声だった。それでも納得したようにうなずき、ゴージュはテトラフォースを両手のひらで包みこんだ。
リュックの全身に降り注ぐ電がやみ、彼女の頭上に陣取っていた光の輪が消えた。
「ほえ……」
何度も何度も「ごめんなさい」と繰り返していたリュックは、気が抜けたような声を漏らし、のけ反るようにしてゴージュを見上げた。
「ハナっからそう言っていれば良かったんだよ。手間かけさせやがって」
吐き捨てるように言って、ゴージュは色をとり戻したテトラフォースを懐にしまいこんだ。
「うっ、うっ……キスアソトコッサァ……」
四つん這いになり、脱力したようにつぶやくリュック。ユウナがそばへやって来て優しく声をかける。
「これにこりたら、少しは反省しておとなしくしていてね、リュック」
「そうだぞ、リュック。後でフォローするユウナの身にもなれよな」
ティーダの言葉に、リュックは返す言葉もない。ユウナの回復魔法を受けながら、「別に好きでトラブってるわけじゃないもんね」などとつぶやくばかりだった。
「あ、ゴージュさん」
役目は果たしたとばかりにこの場を去ろうとするゴージュを、ユウナは慌てて引きとめた。リュックへの回復魔法を中断して立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「ウチのリュックがお騒がせして、本当に申し訳ありませんでした。今後はこのようなことがないよう、厳重に言い聞かせておきますから……」
「え、ちょっ、ユウナんが謝ることないんだよ?」
焦ったように声を上げるリュックを軽く小突き、ティーダが言った。
「だったら、お前が謝れよ。リノアはちゃんとゴージュにも謝ったじゃないか」
「えー?! あんなの謝った内に入らないよお!」
「ああ、もう、いいって」
口論に発展しかねないティーダとリュックのやりとりを、ゴージュはうんざりしたような顔でさえぎった。
「運営サイドの役目を遂行したまでだからな、気にするな」
「そうだぜ。喧嘩の仲裁なんか、やって当然の仕事さ。まともな運営サンならよ」
口を挟んできたのは、アキラだ。
多分にとげを含んだアキラの口調に、ゴージュが何か言い返す前にリュックが声を上げた。
「あー! チヂミだあ!」
飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がり、リュックはアキラのそばへ駆け寄った。アキラから焼きたてのチヂミを受けとり、さっそく頬張る。
「もう……リュックったら」
余程空腹だったらしく、ほとんど無言でチヂミを食べ続けるリュックにユウナは嘆息した。
呆れたというよりは疲れたような顔でアキラがつぶやく。
「屋台まで来れば、いくらでも焼いてやるってのによ。どうして、わざわざ人様のものを横取りするかね。まるっきり体力の無駄遣いじゃねーか」
「まあ、となりの芝生は青いとか言うからな……」
つぶやきに応じるゴージュの顔は、完全に呆れ顔だった。何気なくアキラのほうを見やり、少し眉根を寄せる。
「おい、大丈夫か。疲れたなら休んでいていいんだぞ。そろそろ解散の時間だしな」
「あー。大丈夫、大丈夫」
答えるアキラの顔色はやや悪く、疲労の影が濃い。リノアのもとへ駆け寄っていくリュックの背中を目で追い、軽く息をつく。
「なんつーか、力を使い過ぎただけだからよ。どっかの誰かさんが仕事しないおかげでな」
当てつけのようなアキラの言葉に鷹揚にうなずき返し、ゴージュもまたリュックが走っていった方向へ目を向けた。
大きく手を振りながら近づいてきたリュックに気づき、リノアもまた彼女に向けてにこやかに手を振る。
が、手にしていたチヂミの皿を奪われ、その笑顔が凍りついた。
両手に皿を乗せたリュックは、いたずらっ子の笑みを浮かべる。
「いっただっきまーす!」
とり返そうとするリノアの指先をかわし、リュックは目にもとまらぬ速さで逃げていく。
「……前から思ってたけど、反省も学習も全然しないよな、リュックって」
感嘆しているようにも聞こえるティーダのつぶやきに、ユウナは頭痛でも起こしたようにこめかみを押さえ、ため息を漏らすばかりだ。
同じような面持ちで、ゴージュは懐から七色のテトラフォースをとり出した。
足ではリュックに敵わないと判断し、魔女の力を行使するべく意識を集中していたリノアの身体がわずかに強張る。スコールに制止されたためではない。アキラが超能力で彼女の動きを制限したためだ。
それを確認し、舌打ちをしつつゴージュは叫んだ。
「おい、そこのSeeDと魔女! 伏せろ!」
リノアはアキラの「力」に拘束され、身動きがとれない。周囲の状況を素早く確認したスコールが、彼女を押し倒す格好で草の上に身を投げ出した。
その頭上をかすめるようにして、例の光の輪が飛んでいく。
既に放電しており、動きも先ほどとは違って並の者には視認できないほどの速度だった。
「ふぉっ?!」
寒気のようなものを感じて振り返る間もなく、光の輪の雷がリュックの全身を捉えた。
雷の衝撃にリュックの身体が一瞬ふわりと浮き、倒れこむよりも先にゴージュは言った。
「消えろ」
親指を首の前で水平にきって見せる。色を失っていたテトラフォースが漆黒に染まり、同時にリュックが悲鳴を上げた。
「にぎゃああ……」
まばゆい閃光に包まれながらの悲鳴は、不自然に途切れた。
光の輪が砕け散り、光がおさまると、そこにリュックの姿はなかった。
「あーあ。やっぱり飛ばされた」
大した感慨をこめずにつぶやくと、ティーダはかたわらで悲しそうにしているユウナと向き合った。
「気にすることなんかないぞ、ユウナ。あいつは慣れてるから大丈夫だよ……」
「強制送還」された回数なんて、もう両の手でも数えきれない。
そんななぐさめの言葉を横で聞きつつ、ゴージュは大きく息をついて胸に手をやる。
「うっぷ……気持ち悪ィ。だから極力こいつを使わないようにしてるってのに。あのバカ、今度会ったらただじゃおかねェ」
ぶつぶつ言いながら、ゴージュは七色の輝きをとり戻したテトラフォースを懐にしまいこんだ。軽く深呼吸をしてから、周囲を見回す。
先ほどからの騒動に気づいて、今日のオフ会に参加したほとんどの者が集まっている。野次馬精神を発揮した者は、かなり近くまでやってきていた。
「よおし。お前ら、全員注目!」
左手を腰に当て、右手を高らかと突き上げ、ゴージュは声を張り上げた。
「最後の最後にごたごたと見苦しいものを見せちまって悪かったな。細かいトラブルは色々あったようだが、負傷者を出さずに済んだのもひとえに今日集まった皆の協力あってのものと思う――」
ひとわたりの謝辞をのべ、少し間を置く。
「――とまあ、ともかく。今日のオフ会は、ひとまず終了する。みんな、今日は集まってくれてありがとう」
いくつかの返答と、まばらな拍手が起こった。
「二次会に出るやつはこのままここに残ってくれ。帰宅組は道中、気をつけろ。間違っても七大驚異に寄り道なんかするんじゃねーぞ。それと、土産があるから欲しいやつはこっちに来てくれ」
移動する者や後片づけをする者たちのざわめきに負けないよう、更に声を張り上げながら、ゴージュは皮袋を頭上高くかかげて軽く振ってみせた。皮袋の中身がじゃらじゃらと音をたてる。
「へえ、わざわざ土産なんか用意したんだ」
最も近くにいたティーダとユウナが真っ先に皮袋を受けとり、中身をあらためる。中に詰まっていたのは、石のかけらだった。
お土産をもらおうと集まりだした参加者らの脇をすり抜け、やって来たヴェントが彼らの横からちょっと覗きこんで言った。
「お。廃石じゃん。また、喜んでいいのかビミョーなチョイスだな……」
「廃石?……捨てる石なのか?」
少し不満そうな声を上げるティーダに、ゴージュは軽く肩をすくめてから答えた。
「その辺の改造屋で鋼とかけ合わせれば、それなりに強力な武器に変えられる。それに、小さくてもちゃんと精製すれば使える素材にはなるからな。ま、記念品ってことで勘弁してくれ」
元より文句をつけるつもりではなかったらしく、相づちを打つにとどめ、ティーダはユウナをともなって会場である薬草の丘を後にした。
「しっかし、土産まで用意するなんて、意外に律儀だなあ。細かいトラブルの仲裁は、一切やらなかったくせにさあ」
からかうような笑みを浮かべるヴェントの横を、ジュディとノースが抜きつ抜かれつしながら駆けていく。黒鋼製のそろいの杖を作るのだと、楽しそうな笑い声が遠ざかっていった。
「なんだかんだ言って、怪我人は出なかったろ。終わりよければ全てよし。それでいいじゃねーか」
「……ああ。まあね。俺は何度も負傷寸前までいったし、兄貴なんか危うく浄化されるとこだったけどな」
受けとった皮袋を神妙な顔つきで眺めつつ、ヴェントはふと思い出したように言った。
「あ。俺、ティフォンに土産を頼まれてるんだよね。もうひとつくれよ」
「ばーか。これは参加者限定だ! 土産ならそこらの薬草で充分だろ」
既に薬草がいっぱいにつまったポケットとウエストバッグに手をやり、ヴェントは不満そうに唇をとがらせた。
そのまま数歩下がり、群がるオフ会参加者らに手際よく皮袋を渡していくゴージュの手元をしばし眺めた後、皮袋の中身――全て廃石なのだが――を確認すべく、中を覗きこんで大きく声を上げた。
「あれっ、聖石まじってんじゃん! なんでだ?」
喜んだのもつかの間、横から伸びてきた手が、ヴェントがつまみ上げた石を奪っていった。
代わりにヴェントの皮袋の中には廃石がひとつ投げこまれる。
一瞬身を固まらせながらもヴェントが振り向いたとき、聖石を奪った人物は既に彼の間合いの外に出ていた。ゴージュの「いくつか当たりの宝石類が入ったものがある」との返答は、随分と遠くで聞こえるようだった。
「て、てめっ、トゥース! 何しやがる! 返せよ、俺の聖石!」
「最終的には同じ人物の手に渡るんだ。今現在、誰が持っているかは関係なかろう」
奪いとった聖石を指先で弄びながら言って、トゥースはにやりと笑った。彼の言葉に数秒ばかり考えこみ、何か図星を差されたように赤面してヴェントは声を荒らげる。
「さ、さてはティフォンに渡す気だな?! やめとけよ、てめーなんかに渡されるより、俺にもらったほうがティフォンは喜ぶんだからな!」
「まあ、そうわめくな。実用に耐えうるものなら、誰の手から受けとったかなど、あの女は気にもとめないさ」
「だったら、俺が渡すよ! それ返せ!」
怒声とともに、手にした長槍を振りかざした瞬間、勢いよく投げつけられた皮袋がヴェントの後頭部に当たった。
「……何すんだよ!」
皮袋を投てきした腕を下ろし、ゴージュがうんざりした顔で怒鳴り返す。
「今更モメてんじゃねーよ、カスどもが! やるならフィールドの外でやれ!」
ゴージュに気をとられているうちにトゥースが姿を消したため、ヴェントは辺りを見回しながら不満も露わな声を上げた。彼らがモメるのはいつものことだと認識しているのか、周囲に集まっている者たちは気にする素振りすら見せていない。
地団駄を踏みかけるヴェントにゴージュが続ける。
「おい、そいつはお前の兄さんのぶんだからな。ちゃんと拾って渡しとけよ」
ぶつぶつ言いながらも皮袋を拾い、ほとんど反射的に中身を確認してヴェントは声を上げた。
「お、おおっ?! ぜ、全部金剛石の原石じゃんよ!」
同じように皮袋の中身を確認していたクラウドが「えこひいきだ!」と抗議するような声を上げるが、ゴージュは涼しい顔で「たまたまだろ」と答えたきり、お土産の配布に専念した。
ゴージュが用意したお土産は順調に参加者らの手に渡り、一所に集まっていた人の群れもまばらになっていく。
「そういえば、アキラのところにも改造屋があったよな」
帰路を確認すべく地図を広げていたヴェントが、ふと思い出したようにアキラに声をかけた。
「せっかくだし、お前もひとつもらっとけよ。何かスゴイ発明品が生まれるかも――って、アレ? どうした?」
軽い調子の声は徐々に不安の色を帯び、同時に視線は目の高さから地面まで落ちる。
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと、力を使い過ぎて疲れただけだから、よ」
頭を抱えるようにしてしゃがみこんでいたアキラは、片手を弱々しく振りながら答えた。
「なるほど。まあ、役目は果たしたんだし、さっさと帰って休むことだな。片づけ、手伝うよ」
「おう……」
そのとき、まばらになった人だかりの中で怒声が上がった。
受けとった土産の交換を提案した挙句の口論のようだ。セフィロスとクラウド、スコールが何やら言い争っている。
「ったく、あいつら、毎度のこととはいえ……!」
疲労のかたまりを吐き出すように言って、アキラは立ち上がりかけた。
その次の行動をいち早く察知したヴェントが止めるまでもない。前のめりに倒れこみ、アキラはそれ以上動くことが出来なかった。
「……あ、アキラ! 大丈夫か?!」
ヴェントの慌てた声にさすがのセフィロスらも口論を中断し、彼らを含めた何人かが、倒れたアキラを抱きかかえるヴェントのほうへ向かいかける。
それを制し、構わず帰途につくよう指示を出すと、ゴージュは落ち着いた足取りでやって来た。
「はは。ついに倒れやがったか、なっさけねーなあ」
「笑ってる場合かよ! お前が運営の仕事しないから、全部引き受けたアキラがぶっ倒れたんじゃないか!」
「わかった、わかった。大声を出すんじゃねー」
しゃがみこみ、アキラの顔を覗きこみながら続ける。
「屋台を片づけて、こいつを家まで送り届ける。お前も手伝え」
「お、おう……」
有無を言わさない口調での指示に、ヴェントは抗議の言葉を飲みこんだ。
ゴージュがアキラを背負い、先に屋台へ向かおうとしたヴェントが身をひるがえしたところへ声がかけられた。
「屋台は俺にまかせな。お前さんらはそいつを頼む」
体格のいい長身に、緑に染めた髪を逆立てたサングラスの男。
軽々と屋台を引いてやって来たその男を見て、ヴェントもゴージュも、一様に驚嘆の声を上げた。