「ほらよ、豚玉小サイズ。熱いから気ィつけろよ」
アキラが屋台に戻った途端にロイがいそいそとやって来て、先客も無視してたい焼き20個をかっさらっていったため、待っている間に小腹が空いたのだろう。出来立てアツアツのお好み焼きを受けとったヴェントは、わき目も振らずにその場でお好み焼きにがっつき始めた。
「おおお、ンめー!」
最初にお好み焼きを頼んでからゆうに二時間は経っていた。感激もひとしおだろう。
屋台の柱に背を預けてお好み焼きにとり組むヴェントの横顔を、どこか遠くを見るような目で眺めつつ、アキラは言った。
「俺さあ、そろそろ将来のためにがんばって調理師免許をとろうと思ってるんだ」
暗に無認可屋台であると示唆しているようなものだが、そもそも住んでいる世界の違うヴェントにはその意味が伝わらない。
お好み焼きの熱さにほてった頬を手であおぎながら、ヴェントが返した。
「そりゃあいいや。ついでに高級フランス料理でも勉強して、タダで振舞ってくれよ」
「馬鹿やろう! 最低1万円は払ってもらうぜ!」
「ハハハ。それって何Kr?」
「知らねー。俺に聞くな」
パーティ参加者全員にまんべんなく飲食物が渡ったのか、屋台を訪れる者もまばらになってきた。
アキラとヴェントが雑談に花を咲かせていると、不意に陰気な空気が辺りに漂い始めた。
「……ブラッドジュース」
「あいよ」
雑談をしながらも、毎日の慣れがあるためアキラはすぐさま返事をし、やって来た客に向き直った。
伊達メガネをかけたその男の顔を見て、一瞬だけ顔を強張らせながらもアキラは注文のブラッドジュースを作り、営業スマイルを浮かべながら手渡した。
去り際、その色よりも暗い光を宿したダークブラウンの双眸をチラリとヴェントに向け、笑ったのだろうか、伊達メガネの男はわずかに口の端を歪めて鼻を鳴らした。軽く肩をすくめ、けだるそうに首を振る。
そのまま無言で屋台を去る伊達メガネの背中を見送ってから、ヴェントは小声で漏らした。
「ジェイス、いたんだ、ジェイス。よく呼べたな。ゴージュのやつ、あの人とは面識なかったはずだけど」
「いや――呼んでないのに勝手に来てるやつが何人もいるって愚痴ってたから、たぶんそれだろ」
「なるほど……って、アキラ、なんか顔色悪いぜ? 大丈夫か?」
目を丸くして聞いてくるヴェントに、アキラは大きく息をはいてから返した。
「いるんだよな、たまにああいうのが。思いが強すぎて、読むまでもなく『声』が聞こえるやつ」
「何ソレ、サトラレ?」
「違ェよ。強い悪意や殺意なんか抱えてるやつの声はな、意識的に読むのとは違って、こう、漠然となんだが……勝手に聞こえてくるんだよ。危機回避本能かな、無意識に読みとっちまうんだろうよ。とにかく」
「俺、あいつ苦手だ」とつぶやいて、アキラは鉄板に突っ伏さんばかりの勢いで首をうなだれた。
「俺も。ああいう陰気なのは好きじゃないなあ」
同調するように言いながらも、ヴェントは伊達メガネの男――ジェイスの去った方角を一心に眺めている。
「けど、まさかオフ会に来てわざわざひとりでお食事ってことも無いだろうに。いったい、誰といっしょにいるんだろうな。ちょっと見に行かないか?」
「物好きだね、お前さんも。俺はパス」
好奇心丸出しのヴェントにアキラが返したところで、屋台に程近い場所から大きな歓声が聞こえてきた。
見れば、数人の男たちが草の上に置いたいくつかのカードの束を囲み、車座になって騒いでいる。
先ほどから何やら騒々しいグループだったのだが、アキラもヴェントも意図的に無視していたようだ。
が、あまりの大音声にさすがに無視できなくなったようで、ヴェントがうんざりしたような顔で、
「あんにゃろー」
つぶやき、つかつかと男たちのほうへと歩いていく。慌ててついてきたアキラが止める間もなく、男たちのうちのひとりに背後から容赦のない蹴りを放った。男は振り返りもせずに身体を傾けてかわし、渾身の蹴りをよけられてバランスを崩しかけたヴェントの腹に肘を打ちつける。
「わっ、たっ」
追い討ちを喰らった形のヴェントは、そのまま横倒しに倒れかけたところをとなりにいた別の男に腕一本で受け止められ、転倒を免れた。
「と……、ごめんよ」
支えられたまま草地に腰を下ろし、ヴェントは助けてくれた男を見やった。
透けるような美しい銀髪を腰の辺りまで伸ばした、冷淡な顔立ちをした美青年だった。
「気をつけろ。威勢がいいのは構わないが、あまり邪魔をするようなら切り捨てるぞ」
冗談めかした口調で言いながらも、銀髪の男の目は微妙に血走っている。
ごくり、と唾をのんでから、ヴェントは先ほど自分で奇襲をかけた男のほうへと這っていった。
「さ、さっきからギャーギャー騒いでるの、気になって仕方なかったんだよな。お前ら、何してるんだよ……」
男の手の中のカードをじっと眺め、ヴェントはわけがわからないといった様子で眉を寄せる。
「セフィロス、サマイクル、ブリズ――無人城? なんだこりゃ」
「次のオフ会の予定を決めるゲームだ。お前も参加するか、運び屋」
サイコロを弄りながら答える銀髪の男に目を向け、ヴェントは横とも縦ともとれる微妙な角度で首を振った。
「さあ、トゥース。続きを引けよ」
銀髪の男――セフィロスにうながされ、四枚のカードを渋い顔で眺めていたトゥースは意を決したようにカードの束に手を伸ばした。一枚を引き、カードに書かれた文字を確認する。渋面が一瞬無表情になり、ついで苦笑いになり、トゥースは自分の目を疑うようにカード上の文字を再確認してからカードを草の上にそっと置いた。
横で興味深げに眺めていたヴェントが笑いながら言う。
「腹踊り? はは、なんだよ、まさかその面子でやるっての? 無人城で?」
「……これを書いたのは誰だ。今回はジョーク厳禁だと聞いているのだが」
珍しく怒気を露わに言って、トゥースは周りの男たちを見回した。最後にとなりに座るクライドに「お前か?」と問うような目を向けるが、彼は首を横に振った。
「ボクだよ、ボク」
妙に甲高い声で名乗りをあげた男は、頭につけた無意味に派手な羽飾りを揺らしながら続けた。
「これはただの腹踊りではないんだ、魔力を高めるための崇高なる儀式だよ。誰もジョークなんて書いてないのさ、ヒッヒッヒ。……いい面子を引いてくれた、礼を言うぞ」
最後のほうは急に低音で言って、彼は奇声のような高笑いを放った。
「ケ、フ、カ、さ、ま」
あきらかに馬鹿にしたようなつぶやきを口の中で漏らし、セフィロスは手近にあったカードの束を軽く切ってから元の位置に戻した。トゥースのほうをチラリと見やり、
「気に入らなければ次で消せばいい」
言いながらサイコロを投げ、並べられたカードの束から次々にカードを引いていく。引いたカードを確認し、にやりと笑って草の上に広げて見せた。
「アマテラス――ルクレチア王国、空白のカード。くっくっ……ころころムシ退治でいいな」
セフィロスの言葉に、ふたりが反応して同時に舌打ちをする。セフィロスのとなりに座っていた獣の仮面をつけた黒髪の青年と、その真向かいに座る、簡素な鎧を身につけた金髪の青年だ。獣の面をつけた青年――オキクルミが次にカードを引く。
カードの内容は、「小僧、クラウド、アキラ、エクスデス――勇者の山、腹踊り」。
オキクルミは、となりに座るケフカを一瞥してから言った。
「……誰だ、小僧って」
それにはトゥースが軽く手を上げ、無言で傍らを指差した。指差されたヴェントは、げんなりした様子で返す。
「俺。俺、ヴェント。ってか、トゥース! てめっ、名前ぐらいは書けよ、せめて」
「で、腹踊りを書いたのは誰なんだ」
憤るヴェントを無視して機械的な調子で言うトゥースの言葉に、一同がケフカのほうを見やった。その場にいる全員の視線を受けた彼は、おかしそうに自分の顔を指差しながら地面を叩いている。笑っているようだが、極限まで高音で発せられているためにその声はほとんど聞きとれなかった。
「さあ、ジャンケンだ。覚悟はいいか」
この場を仕切っているらしいセフィロスが、脇で拳を固めながら聞いた。そして、一同、かけ声とともに思い思いの拳を突き出す。
「――よし」
勝ったトゥースは、先ほど引いたカードの中から迷うことなく「腹踊り」を破り捨て、残りのカードを中央のカードの束へと戻して入念にカードを切った。
それを見ていたヴェントは、わけがわからないといった様子で軽く頭を振り、
「何、なんだよ、腹踊りは無しってことか?」
つぶやきに、セフィロスがうなずきながら親切に答える。
「ああ。気に入らない内容のカードはジャンケンで勝てば廃棄できるルールだ。自分が引いたカードでも、他人が引いたカードでも構わない」
「へー。あれ、でも、じゃあ、俺の腹踊りは……」
ヴェントはオキクルミを見やるが、一同はサイコロとカードに集中していて誰も反応を返さない。
「阻止したいなら、お前も参加すればいい。ただし、カードを新たに書いてもらうことになるが」
「俺! 俺もやるぜ!」
それまで全く黙って一同を見守っていたアキラが唐突に声を上げたため、セフィロスは意外そうに眉を上げ、アキラに目を向けた。
「ああ。やっぱ嫌だよな、腹踊り。っつーか、勝手にオフ会参加者リストに加えられてること自体、なんかおかしいけどな」
同情するような笑みとともにさりげなく本音を漏らすヴェントに、「それもあるけど……」と言いかけてからアキラは鎧の青年が持っているカードを覗きこみながら続けた。
「オルステッドが持ってるカードを廃棄したいっつーか。うん、まあ、そんな感じで」
手持ちのカードを今にも泣き出しそうな顔で眺めていた鎧の青年、オルステッドはその言葉を聞いてわずかに明るい表情をとり戻した。セフィロスはうなずき、懐から白紙のカードをとり出すと、その何枚かをアキラとヴェントに手渡しながら簡潔にルールを説明した。その間にもサイコロを振り、カードを引くという動作は着々と進められていく。
「よーし。来やがれ、無難なカード!」
直前にカードを引いたオルステッドがまた泣き出しそうな顔になっている横で、アキラは気合をいれるように両拳を打ちつける。
「アキラ。先に言っておくが、超能力は使用禁止だ」
「わーかってるって。ズルはしねーよ!」
勢いよくカードを引いたアキラは、満面の笑みを浮かべた。
彼が引いたのは、「クラウド、ジュディス、スコール――コスタ・デル・ソル、バーベキュー」。「普通のオフ会」といった内容のカードに、一同がほうっと息をついた。ヴェント以外はあからさまに不満を表現した吐息だった。
その後も順調に作業は進み、運命のジャンケンの回。
セフィロスのかけ声とともに、それぞれ拳を突き出す――その一瞬前、その場にいた何人かがたじろぐように身を強張らせた。
「おおっしゃ、俺の勝ちー!」
チョキで勝ったアキラがガッツポーズをしてみせる。
「アキラ……お前、今――」
「よーし。要らねぇカードの処分だな。オルステッド、そのカードをよこしな」
「アキラ……!」
セフィロスの呼びかけを無視して、アキラはほとんど奪いとるようにしてオルステッドの手からカードを抜きとり、破りさった。そのカードの内容は、「ころころムシ採集」。元々「飲み会」と書かれた文字を消した上から書かれているようだった。
カードを奪われたオルステッドは晴れ晴れとした明るい表情を浮かべ、次にクライドのほうを睨みつけた。
「超能力は使用禁止だと言ったはずだが……」
「んー。なんか聞こえたか? お前ら、顔色悪いぜ?」
セフィロスの言葉に、手近にあったカードを切りながらアキラは一同を見回した。オルステッド、ケフカ、ヴェント以外の様子がおかしい。顔をしかめ、一様に脂汗をかいている。
「さあ、続きと行こうぜ。まだ不要なカードが残ってる」
言っても無駄かとばかりに首を振り、アキラに何か仕掛けられたらしい面々は気をとり直してカードに向かい合った。
この周のジャンケンにもアキラが勝ち、オキクルミが持っていた「腹踊り」のカードを破り捨てた。今度も先ほどとほぼ同じ面々が息を荒くし、意気揚々とカードを切るアキラを睨みつけている。
「……とりあえず一難去ったってとこだな」
ぽつりとつぶやくヴェントの脳裏に、アキラの「声」がひっそりと響く。
(引いてないカードの束ん中に、不穏なイメージを感じるんだ。まだ気は抜けないぜ)
表情を変えずにアキラのほうを一瞥し、ヴェントは車座の中央に置かれたカードの束に目を落とした。
次にカードを引くのは、クライドだ。
「ノース、アマテラス、カイポク、高原日勝――ヨコハマシティ、宴会」のカードを引いた彼は、安堵しつつも物足りないような複雑な表情を浮かべながら手にしたカードを眺めている。
次にカードを引いたトゥースは、わずかに目を細めてカードの内容を確認し、呆れてものも言えないといった様子でカードを打ち広げた。
カードの内容は、「サマイクル、空白のカード――ゴールドソーサー、腹踊り」だった。
殺気さえ感じさせる鋭い目つきでケフカを睨みつけ、トゥースは口の中で何かつぶやいた。すぐ横に座るヴェントとクライドは、かろうじて聞こえた「貴様、ふざけているのか?」というつぶやきに居心地が悪そうにうつむいた。
ケフカのほうはというと、「いいなあ、いいなあ。ボクチンも腹踊りしたいなあ」などと言いながら上体を左右に揺らしている。
「まあ、とりあえず、名前を書けよ」
空白のカードを顎で示しながら、なだめるようにセフィロスが言った。それに従い、無表情ながらやや血走った目でケフカを一瞥しつつ、トゥースは何も書かれていないカードにペンを走らせる――。
「――ん」
ケフカとトゥースを同時に視界に収めたアキラは、何か不穏な気配を感じて表情を強張らせ、声を漏らすよりも早く超能力を使っていた。
空白のカードには、でかでかと「小僧」と書きこまれた。
「お、お前なあ……」
ヴェントの震え声で我に返ったように手元のカードを凝視し、トゥースは驚愕したように声を上げた。
「ハッ?! なぜ私は小僧の名を……!」
「いや、書いてねーよ? 名前は書いてねーよ? スゲー勢いで小僧って書いたよ? てめえ、紙の上ですら俺の名前を口にするのはおこがましいってか、ああん?!」
自尊心を傷つけられた様子でまくしたて、ヴェントは鬼のような形相でトゥースの首を締めあげにかかった。すぐに何か思い至ったように表情をゆるめ、両手のひらを打ち合わせて謝るようなしぐさを見せているアキラのほうを見る。
(悪い! 流れ弾)
そんな「声」が聞こえたような気がした。
「……ちくしょう。絶対、次で奪ってやる!」
小さな騒動の中、ケフカはこっそりとカードの束のうちのひとつを手にとって眺め、何やら落胆した様子で吐息をついていた。
今までのカードに何か細工でも仕掛けていたのだろうか。
それを見たアキラは納得したようにうなずいて腕を組み、中央に綺麗にそろえられたカードの束を見つめながら小さく笑みを浮かべた。
(腹踊り他、不穏なカードはもうないから安心しな。後は名前カードを回収するだけだぜ、がんばれ)
アキラからの「声」を受けて口を開きかけ、思い直したようにヴェントは心の中でつぶやいた。
(言われるまでもねーよ!)
淡々とカードを引くセフィロスの手元を見守るその目は、他の者たちと同様、血走りつつあった。