「なぁ、おっさんよー。いつまでこのがきんちょの旅に付き合う気なんだ？」
「んー？」
不意に声をかけてきた青年――ゴージュの顔は、どこか不安げに見えた。
「無事に……ってこともなかったけどよ、お袋さんも見つかったことだし。もう、別に、護衛なんか必要ねーだろ」
「……僕は最後まで付き合うつもりだよ」
「何で。あんたも最初は、セリンについたら別れるつもりだったんだろ？」
確かに。樹海を抜け、彼女の安全が確実になれば、別れるつもりだった。だが、セリンで合流した彼女の父親は、剣難峡の谷底へ落ち、今も行方不明。とてもじゃないが、「安全」とは言えない――
「護ってやると約束したからね、この娘と」
言って、背中で安らかな寝息をたてる少女を示すと、ゴージュはため息をついて首を振った。
「だからって。そこまで必死になる理由、俺には解かんねェな。いくらあんたが元騎士だっていってもよ？」
呆れたように言った後、彼は次にはわずかに恐怖したように声をひそめた。
「あのクソ馬鹿デカいモンスター。あんなふざけた化け物を僕にしてるようなヤツに狙われてるんだぜ。これ以上付き合うのは……いくらなんでも割りに合わねェよ」
「君は恐いのか？ なら、無理に付き合うことはないんだぞ」
彼は、戦い慣れているわけではない。例え素質があるにしても。彼を勘当し、この旅に同行させた彼の父親も、これほど危険な旅になると予想していただろうか？ 否、していなかったに違いない。
「――はぁ。ま。恐くねェって言ったら、嘘になるけどよ」
妙に乾いた笑いを声に乗せて、ゴージュは無理やり笑みを浮かべた。
「こんなチビっこいがきんちょが、頑張ってんだ。恐いからって、とんずらブッ扱くわけにゃいかねーよ。な？ あんたも、だからついてくんだろ？」
「それもあるのかもしれないけどね……」
彼女の旅に同行するのは、自分のためでもあるのだ。そう――
「……この娘は、亡くなった母にどことなく似ている。だからかな」
「――は？」
数秒の間の後ゴージュが漏らした声に、言ったことをわずかばかり後悔してしまう。だが、この幼い少女に、母の面影を見ているのは事実なのだ。容姿が似ているとか、そういう次元の話では決してなく。
「――母は、僕が騎士になる前に亡くなってね。護りたくとも充分に護ってやることが、出来なかった。それがとても心残りでね」
「……」
「だから……代わりとか、そういうのではないけど……護る力がある今、護りたいと思った者を、護っていきたいんだ。今はこの娘がそう。ただ、それだけ」
「ふぅん。ほぉー」
振り返ると、ゴージュは妙に納得顔でうなずいていた。
「……何だ？」
「ああ、いや。別に。あんたにとっての"敵"は、あのクライドとかいうジジイじゃなくて、ヌアージ辺りなんだな、って思ってよ」
「はい？」
何か。何となく。とてつもなく不本意な誤解をされているような……考えすぎだろうか？
「ま、ともかく。後はトマスのおっさんが戻ってくりゃ、完璧。それまで頑張ってしっかり護ってやれよ、な！ 俺は長い目で見守ってやるぞ」
「ゴージュ？」
早足に歩いていくその背に声をかけると、ゴージュは満面の笑みを浮かべて振り返り、
「くくっ。何か、ここんトコ肩に入ってた力ァ抜けて、楽んなった。礼を言うぜ～、おっさん」
奇妙な高笑いをあげる。
「ちょっと待て。何か勘違いしているようだから念のために言うが、今のは決して――」
おかしな意味では。
――駄目だ。全く聞いていないな。
高笑いしたまま、ゴージュは走っていってしまった。
「……全く」
誤解をどう解くか。思案していると、背中の少女は何事か呟きながら、私の首に廻した両腕に力を込めてきた。
「オジイチャン……待っててね……すぐ、助け…る……」
他愛無い寝言。
けれど、それは。幼い少女の、強い決意の現れた言葉だ。
大丈夫。
君ならやれる。君は。……君には。家族がついている。そして仲間が。僕が。
「もう少しの辛抱だ。みんなで力を合わせて、きっとお祖父さんを助け出そう」
深い眠りに落ちた少女を起こさぬよう、私はゆっくりと歩き出した。